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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)1945号 判決

原告 小泉嘉通

右訴訟代理人弁護士 谷本俊一

同 坂本正寿

右訴訟復代理人弁護士 森田雅之

被告 株式会社 ヤマトマネキン

右代表者代表取締役 永井啓之

右訴訟代理人弁護士 森恕

同 鶴田正信

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の昭和六三年五月二六日開催の第四〇回定時株主総会における退任取締役藤林重高に対して金九〇〇〇万円の退職慰労金を贈呈する旨の決議を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告会社の株主である。

2  被告は、昭和六三年五月二六日午後五時、京都市下京区西七条八幡町二二番地被告会社本店内の社員食堂において、第四〇回定時株主総会(以下「本件総会」という。)を開催し、「退任取締役藤林重高(以下「訴外藤林」という。)に対し、在任中の功労に報いるため退職慰労金九〇〇〇万円を贈呈し、その支払いの時期・方法などについては取締役会に一任する。」という内容の決議(以下「本件決議」という。)をした。

3  しかしながら、本件決議には、次に述べる本件総会の経過からみて明らかなとおり、被告会社の取締役が原告のなした質問に対して十分な説明をしなかったという商法二三七条ノ三第一項の説明義務違反の瑕疵があるから、取り消されるべきである。

(一) まず、被告会社取締役藤谷悟(以下「訴外藤谷」という。)から、本件総会の第二号議案「退任取締役に対し退職慰労金贈呈の件」(以下「本件議案」という。)について、「本議案の内容につきましては、お手元にお配りしております故取締役藤林重高氏に対する退職慰労金贈呈についてと題する参考資料にありますとおりでございます。藤林重高氏は、家業継承以来会社創立に至るまで長い間、研究・開発の努力を重ねまして、約六〇年以上にわたりまして、標本模型、マネキン・ディスプレイ業界の発展に寄与され、現在のヤマトマネキンの地位を築かれました。また、従業員と会社との一体化を図り、更に会社が発展することを願って、最終的にはご自分の所有株式は全株式のわずか数パーセントに留められまして、残りのすべてを額面価格で放出されました。また、家業創業時や会社創業時の資金的な苦労を常に忘れられず、現金支払を堅持するなど、従業員の福利面や協力企業育成にも心を配られまして、昨年一一月二三日逝去されるまで、創業以来、当社取締役として在任され多大の貢献をされました。今日、この会社があるのは創業者藤林重高氏の高潔な人格とご苦労の御蔭であると存じます。いわば、当社としては、藤林重高氏は唯一無二の格別な方であると申し上げることができます。その功労に報いるため退職慰労金九〇〇〇万円の贈呈をいたしたいということ及びその支払時期、方法については取締役会に一任願いたく、お諮りする次第でございます。」との説明がなされた。

(二) 原告は、「二号議案の九〇〇〇万円お支払いになるということで決議されているようですが、一体、こういう過去の藤林重高氏の業績というのは、これは私を初め、ここにお集りの方も皆知っておられるわけですね。そうではなくて、どういう計算方式に根拠を求められて九〇〇〇万円という数字を算出したか。多分当社には内規がないと思うんですけれど、基本になる計算式というのがあるはずですから、それを提示していただきたい。」と、九〇〇〇万円という金額が算出された根拠について説明を求めた(以下「本件質問」という。)。

(三) これに対して、被告会社取締役山形勝彦(以下「訴外山形」という。)は、「当社の役員に対する規程としては、前出島取締役に対する故小泉社長作成の支給基準があります。よって故小泉社長もこれによって算出したわけですが、今回の藤林重高氏は創業者オーナーであり、我々が今日あるのは藤林重高氏の御蔭であるので、別枠、言うてみたら枠には当たらないと思われますが、一応前例を基準にしまして、藤林重高氏の功労を考慮しまして九〇〇〇万円と決定しました。その式の説明につきましては、質問者の小泉さんもご存じだと思うのですが、従業員の二倍ということからスタートしておりますので、考え方はいろいろでございます。単純には当てはまらないと思いますが、そういうことで九〇〇〇万円と決定いたしました。」と説明した。

(四) 原告は、右の説明だけでは九〇〇〇万円という数字の算出根拠が全く理解できなかったので、いかなる計算式、基準に基づいて九〇〇〇万円という数字が算出されたのか、納得のいく説明を再度求めた。

(五) これを受けて、訴外山形は、「先ほどありましたが、一任していないということでございますけれども、一応、一任ということは支払の時期と支払方法だけでございます。一応、うちの方は九〇〇〇万円という金額で言うておりますし、それを株主総会でその金額を了解を得れば一応お手盛りでないということになると思いますので、具体的な金額をこのように明示して株主の皆様にご了解を得ていると、こういうことでございます。」と説明した。その後にさらに、「先ほどのことについて、再度、確認の意味で説明させていただきます。一応、前小泉社長は、決定された方法は従業員の二倍と。私はこれは先ほど申し上げたと思うのですが、そういうことで計算しておりますので、ご了承いただきたいと思います。」という説明を行っている。

(六) しかるに、被告会社の代表取締役で、本件総会の議長である訴外永井啓之は、それ以上の説明を拒絶し、九〇〇〇万円の算出根拠である計算式、基準を示さないまま本件議案について採決を行い、賛成者多数で本件決議がなされた。

4  よって、原告は、被告に対し、右説明義務違反を理由にして本件決議の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  請求原因3について

(一)ないし(三)及び(五)の各事実は認める。

(四)のうち、原告があくまで計算式、基準の提示を求める発言をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

(六)のうち、賛成者多数で本件決議がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。議長が質問が全部出尽し、取締役らにより充分な説明がなされたので、出席株主に対しさらに質問がないか問うたところ、株主から質問なしとの発言があった。そして、続けて、議長は、議案の採決に移ることの可否を求めたところ、株主から過半数の賛同を得たので採決に移ったのである。

3  請求原因4の主張は争う。

三  抗弁

株主総会における取締会・監査役の説明義務は、株主が議案に対する賛否の合理的な判断のため客観的に必要な事項に限られ、そうでない事項について取締役・監査役は説明を拒絶できる(いわゆる「必要性の要件」)と解するべきであるところ、商法二六九条が取締役の報酬について定款又は株主総会の決議をもって定めることにした趣旨は「お手盛り防止」にあるから、退任取締役に対して退職慰労金を贈呈する旨の議案においては計算式、基準よりも具体的な金額こそが重要であり、具体的金額が明らかにされていればその金額について合理的に判断し賛否を決することが可能である。したがって、退任取締役に対して退職慰労金を贈呈する旨の議案において、具体的な金額が明らかにされている場合には、取締役の説明義務はその金額を算出した基準や計算式についてまで及ばないというべきである。

よって、本件質問に対して訴外山形の説明が不十分であったとしても、説明義務違反とはならない。

四  抗弁に対する認否

必要性の要件によって取締役の説明義務の範囲が限定される、すなわち、取締役・監査役の説明義務が株主が議案に対する賛否の合理的な判断のため客観的に必要な事項に限られ、そうでない事項について取締役・監査役は説明を拒絶できるとの主張は争う。商法二三七条の三はそのような立法形式をとっていない。

また、仮に説明義務の範囲が右のとおりであったとしても、退任取締役に対して退職慰労金を贈呈する旨の議案において具体的金額が明らかにされていればその金額について合理的に判断し賛否を決することができるとの主張は争う。金額が妥当なものであるかについて合理的な判断を行うためには、いかなる計算根拠に基づいて右金額が算出されたかという点は必要不可欠な情報であり、必要性の要件は満たしている。

したがって、本件決議には説明義務違反の瑕疵がある。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(原告が株主であること)及び同2(本件決議の存在)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因3(本件決議の瑕疵)について

(一)  請求原因3のうち、(一)ないし(三)及び(五)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  右事実に《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告は、訴外山形の前記説明に納得せず、「お手盛りで支給されるのはやっぱり株主の利益を阻害しますから、ここではやはり計算方式をきっちり出して、それで皆さんの同意を得るのが一つのルールではないかと思います。よろしくお願いします。」「基準もなく、計算式も出されずに、九〇〇〇万円という形だけで一任はできないと、そういう立場です。」などと、九〇〇〇万円という金額が算出された基本になる計算式について繰り返し説明を求めた(原告があくまで計算式、基準の提示を求める発言をしたことは、当事者間に争いがない。)。

(2) 訴外山形が前記説明以上に具体的な基準や計算式の有無及びその内容については説明をしなかった。

(3) 被告会社の代表取締役で、本件総会の議長でもある訴外永井啓之は、全議案を一括して審議に付し、原告との質議応答の後、他の株主に質問を徴したところ、異議なしとの発言があり、質議を打ち切り、第一号議案採決に続き、本件議案の採決に移り、賛成者の起立を求め、過半数の起立者を確認の上、原案どおりこれを承認可決した(賛成者多数で本件決議がなされたことは、当事者間に争いがない。)。

(三)  右に認定した本件総会の経過を前提にして、被告の本件質問に対する説明が十分なされているかどうかを検討するに、被告が原告の「どういう計算式に根拠を求められて九〇〇〇万円という数字を算出したか。多分当社には内規がないと思うんですけれど、基本になる計算式というのがあるはずですから、それを提示していただきたい。」という質問に答えたというためには、基本になる計算式がある場合にはその内容、ない場合にはその旨解答することが必要であると解すべきところ、訴外山形は原告の本件質問に対して、先例と同じ様に従業員の退職金の二倍を基本にして創業者オーナーとしての功労を考慮して九〇〇〇万円と決定した旨一応の説明をしているが、さらに具体的な説明を求める原告の質問に対しては右説明と同様の説明を繰り返すのみで、それ以上に具体的な基準があるのかないのか、また、あるとした場合その内容はどのようなものかについては説明をしていないのであり、右山形その他の取締役にかかる質問に対する説明義務があるか否かは後に判断するので別にするとしても、被告会社の取締役は原告の本件質問に対し十分な説明をしたとはいえないというべきである。

二  抗弁について

1  必要性の要件が説明義務の要件になるか、すなわち取締役・監査役の説明義務は株主が議題について合理的な判断をするのに必要な事項に限定されるかについて考えるに、商法二三七条ノ三の規定が取締役及び監査役に対し説明義務を課したのは、株主総会における株主の質問権を裏面から保障し、株主が株主総会の議題について合理的に判断を行うために必要な情報を提供することを目的としているものであるから、説明義務の範囲は株主が議題の合理的な判断のために必要な事項に限定され、それ以外の事項については取締役・監査役は説明を拒絶しうると解すべきである。

2  右のような見解に立って、株主総会において退任取締役に対し退職慰労金を贈呈する旨の決議をするのに際しての取締役の説明義務の範囲及び本件決議における説明義務違反の有無について判断する。

商法二六九条が取締役の報酬について定款又は株主総会の決議をもって定めることにした趣旨は、その額の決定を取締役会に委ねるとお手盛りの弊害があるのでこれを防止することであるから、退任取締役に対して退職慰労金を贈呈する旨の議案においては会社からいくらの財産が流出するかということこそが重要である。したがって、右議案を決議するにあたっては、退職慰労金の具体的金額又は最高限度額もしくは数値を代入すれば支給額が一意的算出できるような基準を明示することが必要である。

しかし、本件議案のように議案自体に退職慰労金の具体的金額が明示されている場合には、後述のとおり、株主は右金額と退職する当該取締役の在任中の功労・業績をあわせて考慮することにより右金額がお手盛りかどうかを合理的に判断できるものであるから、さらに右金額がいかなる計算式・基準に基づいて算出されたのかという点は、株主が議案に対する賛否の合理的な判断のため客観的に必要な事項であるとはいえず、取締役の説明義務の範囲外の事項であると解すべきであり、これに反する原告の右金額の算出根拠となる計算式・基準は説明義務の範囲内であるとの主張は採用できない。

そもそも退職慰労金は取締役の在任中の功労・業績に対する功労金の性質を有するものであるから、その金額の算定については功労・業績という数量的評価が必ずしも容易ではない事項を金銭に換算する作業が伴うので、数値を代入するだけで支給金額が自動的に算出できるような基準が常に存在し、それに基づいて具体的金額を算出するとは限らず、当該取締役の在任中の功労・業績を大雑把に見積もって支給金額を算出することも少なくない。そのような場合に株主に与えられる判断材料は、具体的な支給金額と当該取締役の功労・業績に関する情報だけであり、基準・計算式といったものは与えられ得ないのであるが、それでも株主はその支給金額が当該取締役の功労・業績に照らして妥当なものであるか、お手盛りが行われていないかを判断すべきであるし、そのような判断は可能であるというべきである。そして、右のような判断が可能であることは、支給金額がなんらかの基準や計算式に基づいて算出された場合においてもなんら変わるものではなく、基準・計算式が示されなければ金額の妥当性を判断できないなどということはない。

また、前述したような商法二六九条の趣旨に鑑みれば、退職慰労金に関する株主総会決議において法が予定している株主の判断作業は、前記のように支給金額が当該取締役の功労・業績に照らして妥当なものであるかを金額と功労・業績とを見比べて判新することであって、議案として株主総会に提出された支給金額が恣意的な判断が入る余地のないような一定の基準・計算式に従って算定されているかを監視することはできないというべきである。

してみれば、本件において、いかなる計算根拠に基づいて支給金額が算出されたかという点が本件議案に対する賛否を決するのに必要不可欠な情報であるとはいえず、右計算根拠になる計算式、基準について、訴外山形が十分な説明をしなかったとしても説明義務違反とはいえず、本件決議においては説明義務違反はなかったというべきである。

三  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文)

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